?陽の栗
?陽は江蘇省の栗の重要な生産地です。平橋の栗、また「真珠栗」とも呼ばれ、俗称は「大栗」です。粒が大きく、皮殻が薄く、色艶が褐色で赤く、果肉は黄亮で味が甘美で、もっとも有名です。生の栗は甘味が多く、甘栗も柔らかくて舌触りが良いです。特に中秋節の前後の若い初栗は最も良いものです。8月はモクセイが咲く季節で、栗にもモクセイの香りが付いたので、また「モクセイ栗」とも呼ばれています。天目湖ならではの気候と土壌条件で、ちょうどの大きさ、甘くて美味しく、肉質の粘着性高い特徴を育成しました。10数年以来、栗の栽培面積は絶えず拡大し、主に平橋、黄澗と竜潭林場地区に分布しています。生産高も絶えずに高まっています。1995年に総生産量は10980担(注1)まで達して、全省の先頭に立っています。全省の4つの栗の生産基地の1つになりました(其の他の三つは六合市、徐州市、句容市)。
南山の栗は栄養が豊富で、資料の記録によると、果肉はでんぷんの62%、蛋白質の5.7%、脂肪は2%を含め、ビタミンの含有量も高く、色、香と味は全部揃い、生のまま、炒めるなり、煮るなり、皆美味しいです
(注1)担「たん」:重さの単位。1担は約50キログラムです。
竹簀風鵞「ちくさくふうが」
「竹簀」マークのガチョウ肉シリーズの製品は、田舎農家のガチョウを原料にし、伝統工芸を伝承し、揚州大学の最新の肉品加工技術を運用し、科学的に精製しました。ガチョウの肉のシリーズの製品は風鵞(注1)、味噌ガチョウ、塩茹でガチョウ3つの大きい種類で、20余り種類があります。このシリーズの製品は、全行程密封式工業化生産を実行し、いかなる化学防腐剤をくわえないで、「色、香、味、形」の四大伝統的な特徴を維持し、元の風味をそのままに残し、食べたら後味が味わえ尽きません。
(注1)風鵞「ふうが」:風を通し、干したガチョウ肉。
天目湖の手剥き竹の子
天目湖山竹林中の野生の竹の子を採用し、 近代科学的な生産技術で、長時間焙り、煮ました。そして、高温で殺菌し、真空包装をして精製しました。袋を開けた後に皮をむく必要はなく、味は新鮮で純粋で、味わった後にただちに大自然からの独特な味を感じることができます。料理店の一つの精美で味しいオードブルになれ、また家庭料理にもなれます。それから、旅行の道中の軽食品として食べられ、あるいは、お土産として人に贈ることができます。
手剥き筍は高蛋白、低脂肪、富繊維の天然保健食品です。常に竹の子を食べると、腸の蠕動を促進し、消化を増進するだけでなく、肝臓と腸の中毒物の消去、毒物の蓄積と吸収を減らすこともできます。特に干した竹の子の中でチロジンの、Ge、Seなどの微量元素が富んで、癌細胞発生の抑制、膵臓退化の防止、人類の寿命を伸ばすなどに著しい薬用の機能を持っています。
配合された原料:野生の竹の子、塩、味の素、砂糖、ウイキョウ、シナモンなどです。
烏米飯「うべいはん」(注1)
?陽の民間は旧暦の4月8日になると、どの家も烏米飯を食べます。これは、山が豊富に産出している烏樹(注2)の葉と現地の広く伝わる民話のことと関係があります。釈迦牟尼の弟子の目連が、天国で最も安らかで楽しい父を享受することが見えて、母を探し当てることができなかったおで、そして、仏様に尋ねて、やっと分かりました。母は生きていた間で、裏腹をよく言い、他人を尊敬しないで、死んた後に地獄のどん底に落ち込まれ、空腹刑を受けています。目連はとても苦しんで、食物を請ってきて、地獄まで母にあげようとしました。しかし、母に食物を見せたとだん、他の餓鬼に奪い取ってしまいました。このように何かも、目連の母は依然として食べられなかったのです。そして、仏様に救助をお願いしました。仏様は目連に、母に食べあげたいなら、必ず米真っ黒く染め、その上また無毒で無害な植物でなければならないことを教えました。そのため、目連が神の特技を運用して、いたりところをくまなく歩き回り、無数な苦難をしばしば経験して、最後に私達の江南地帯で「烏飯樹」を探し当てました。「烏樹」、道教の中でまた「青精樹」とも呼ばれています。それはVc、Vb、Veと17種類のアミノ酸カルシウム、燐、セレン、亜鉛のなどの体に役立つ微量元素を含んでいます。栄養の補給、老衰、病原菌の抵抗する効果があります。それから、視力を高め、食欲を増加することもできます。よく食べていると、下痢を止め元気を回復させたり、筋肉が強くなったり、体がしなやかで目がはっきりしたり、顔肌が綺麗で髪が黒くなることができます。古代の詩人である杜甫はかつて、「青精のご飯(烏米飯と同じ)があったこそ、私の顔色を良くならせる」と言ったことがあります。青堤夫人もは息子から、烏樹の若葉を搗き砕けた汁と米で作り出した真っ黒いご飯を得て助かりました。やっと地獄の苦しい境遇を離れることができました。今でも、現地の農民は烏米飯節になる前後に、山まで上がって、烏樹の葉を摘み取っています。その葉を搗き砕いて汁を取って、もち米を黒く染め、烏米飯を炊き出すなり、粽を作るなり、市内まで売り出しいます。この一つだけで、純収入の8000元以上を得ることができます。
(注1)烏米飯「うべいはん」:ある樹木の葉を搗き砕いて、その真っ黒い汁で米浸かってから作ったご飯。
(注2) 烏樹「うじゅ」:その葉を搗き砕いて、真っ黒い汁が出る樹木。
天目湖の雲霧茶
天目湖の周辺は一年中霧がわりに多いため、湖の周囲地区のお茶はこの青々とした山と碧水の中で成長し、湖面の雲霧に浸かり、露に潤した上で名前を得ました。俗に言えば、「雲霧から美味しいお茶が出産できます」。雲霧、雨花、ピールオチュンは皆江蘇省三大銘茶ですが、雲霧は、その色、香、味、形が全部良いで、銘茶のレベルに身を置け、「純粋な味、美しい色合い、すがすがしい香」で遠近に名を知られてます。
土鍋魚頭
土鍋魚頭のスープは天目湖の魚食文化の粋なところです。勤勉で知恵がある?陽人は、心をこめて天目湖の美しい山水を加護するだけではなくて、その上、また美酒を醸し、ごちそうを作り出し、海内外の賓客と友人の来臨を待っています。江蘇省のブランドのビール、また、人民大会堂の特別供給ビールの1つである「天目湖ビール」は天目湖の水で醸造したのです。俗に言えば、「美酒はごちそうを配合します」。名が国内外に知られている土鍋魚頭のスープは今なおまた、国家の2級甲等標準の天目湖の水と天目湖産8斤(注1)ぐらいの野生の灰色レンギョを選用し、とろ火で長く煮込み、作り上げました。天目湖の底がすべてが砂石で積み上げたため、沖積した土砂はちっともないで、出来上がった魚のスープは、土の生臭くは少しもありません。その大きな特徴は、新鮮で生臭くないで、油が肥えたがはねばねばしないで、汁は乳白色で、元の風味を残しています。「天然のグリーン食品」と誉め称えられて、何回も党と国家の指導者の高度賞賛を受けました。1982年、75カ国の中国駐在大使と大使の夫人は、天目湖に来られて、食卓でスープを酒に代わって、碗で乾杯していました。1985年、ケ小平同志が江蘇省を視察する時に、天目湖の土鍋魚頭の創始者朱順才さまは、天目湖の水と魚を南京の東郊ホテルへ持っていって、首長のためにこの料理を作り上げました。味わった後に絶えず褒めたたえて、これが彼が今晩味わった料理の最も美味しいだと言いました。そして奥様の卓琳さまに、炊事場に行って朱順才さんに感謝の意を表わすように頼みました。それ以後、楊尚昆、江沢民たちも、南京、常州などのところでこのごちそうを味わったことがあります。それでは、土鍋魚頭のスープの味は一体どのようでしょうか!現地の民間では「子供は魚のスープを飲んで、頭が賢くさとくなり、女が魚のスープを飲んで、皮膚の白くすべすべになり、男が魚のスープを飲んで、考えが多く正しくなり」といいうような諧謔詩が広く伝わっています。
(注1)斤「きん」:斤は約500グラム。



